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カテゴリ:建物・街・風景( 29 )

2011年 05月 31日
瀬戸内逍遥-6  亀老山展望台
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今回掲載したのは来島海峡に面する大島にある亀老山展望台。
1年前の帰省時に初めてここを訪れた際の写真を掲載済だが、その時はあいにくの曇り空で眺望のよさを堪能することはできなかった。
そして今回もまた、黄砂で視界が遮られる状況…。天候に恵まれないなぁと思いつつ亀老山への山道を自動車で昇っていくと、GW中ということもあって、観光バスが何台も山頂から降りてくる。また自転車で標高307mの山頂を目指す人もけっこういて驚いた。

亀老山展望台は、西側の来島海峡大橋を眺められるスポットのほうが見どころであり、多くの人が来島海峡大橋をバックに記念撮影を行ったりしていた。しかし到着したのが午後3時ごろということもあり、視界の悪さと乱反射で写真を撮ってもいまひとつパッとしない。
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東向き 燧灘(ひうちなだ)方向の展望スポットも霞んだ中に島が浮かぶ状態だったが、それなりに幻想的な雰囲気を楽しめた。
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こちら側は訪問客の滞留もまばらで、来島海峡側のデッキから、燧灘を眺める人の姿がファインダーにうまくおさまるタイミングを狙って撮影した。
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by photomoments | 2011-05-31 07:35 | 建物・街・風景 | Comments(12)
2011年 05月 28日
瀬戸内逍遥-5  瀬戸田
前回掲載した多々羅大橋の撮影を終え、多々羅大橋を渡って瀬戸田町に帰ってきた。
7時を過ぎて少しずつ動き始める島の様子を、前回と同様にWBを変えて撮影した。

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農業と並んで島の基幹産業である造船業。十数基あるクレーンのなかでも、これらのクレーンの形状が造形的に好みだ。
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島と本州(三原 須波港)を20分ほどで結ぶフェリー。
私が子供のころは、三原、尾道、今治、松山、因島、大三島、岩城島、伯方島などなど、瀬戸田を発着する多数の航路があった。
フェリー、高速船、水中翼船など、多種多様な船が就航し、かなり賑わっていた。
だが、しまなみ海道の開通で廃止となった航路も多く、存続している航路も昨今の高速道路通行料金の引き下げの影響もあり、取り巻く経営環境は厳しいものがあるが、小さいころから船に乗って暮らしてきた私にとっては懐かしい存在だ。
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by photomoments | 2011-05-28 15:38 | 建物・街・風景 | Comments(4)
2011年 05月 22日
瀬戸内逍遥-4 多々羅大橋
ゴールデンウィーク前半に、故郷の広島へ帰省した際の写真を掲載します。

帰省に際していろいろと撮影したいスポットがあり、メイン機材のEOS-1D MarkIIIではなく、EOS Kiss X3と数本のレンズ、そして三脚を持って帰った。
しかし、今年のゴールデンウィークは天候がすぐれなかったうえに、始終黄砂の影響に悩まされ続けた。

今回掲載するのは、帰省のたびに撮影している多々羅大橋。
いつもと違う写真を撮りたくて、午前4時に起きて、実家の車を運転して隣の島 大三島に向かった(こういう時だけは目覚まし時計の鳴る前に目が覚めてしまう)。
ちなみに、橋が架かるまでは、始発の船が出る前に隣の島には辿り着けなかったから、こうした写真を撮ろうと思うと、前日中に隣の島に移動するしかなかった。
朝焼けと昇る朝日を背景に、多々羅大橋のシルエットを浮かび上がらせたい と思いながら撮影ポイントを転々と移動した。
が、濃い黄砂によって視界が悪く、日の出の時刻になっても視界がクリアにならない。
なので、WBを大きくずらし、露出補正をアンダーに振って、黄砂の環境下だから撮影できる写真を目指した。
朝焼けに染まる多々羅大橋の撮影がいつかできることを期待しながら…。


少し離れた位置から、多々羅大橋と生口島を撮影。黄砂で視界が霞むなか、生口島のシルエットが朝日に照らされて浮かび上がっている。
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高度を上げた太陽を背景に、多々羅大橋のシルエットを撮影。
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by photomoments | 2011-05-22 22:26 | 建物・街・風景 | Comments(14)
2010年 10月 30日
三色彩道(吹田市 北千里)
阪急千里線の終着駅である北千里駅から北東方向、つまり大阪大学方面に延びる道は「三色彩道」と呼ばれている。
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(掲載した写真はいずれも平成21(2009)年11月21日に撮影)

ここはアメリカフウ、タイワンフウ、トウカエデという3種の落葉高木樹が植えられた並木道で、吹田市のケーブルテレビ局が制作する番組で数年前に知り、千里ニュータウンの中にかくも見事な紅葉の名所があるのかと驚いた。
ぜひ一度目にしておきたいと思いながら、自宅から電車で30分くらいかかるこの地に行けずにいたが、昨年ようやく実見した次第。
というわけで、今回は時宜をみて掲載しようと考えてきた「蔵出し写真」で記事をまとめました。

ネットで事前にいろいろと調べると、日中は紅葉を見る方も多く、また、路肩に車を一時停車して眺めたり写真撮影したりする人もいるようなので、写真撮影をしたい私は、人が少ないと思われる早朝に行くことにした。
日の出前に家を出て、北千里駅に着いたのは6時30分頃。
この時間帯は紅葉目当てに訪れる方は少なく、駅に向かう通勤・通学の人や朝の散歩・ジョギングをする方がいるくらい。
三脚を据えて車の往来が途絶えるのを待ったりしながらゆっくりと撮影できた。
緩やかな起伏がある道なので、アングルによっては延びゆく道路のその先が見通せず、街路樹もゆっくりと道路の向こう側に消失していくパースペクティブな風景が魅力的だ。
トップの写真も下の写真も、もう少しローアングルにすれば、標識や信号機も見えなかった。
1年経って見てみると、三脚からカメラを外して地ベタに寝そべって撮るべきだったかなぁとも思うのだが、不審な行動に見られかねないので勇気がなかった…。
バリアングル液晶搭載のキヤノンEOS60D、ニコンD5000、SONYのα55などはその点でメリット大ですね。
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並木道の趣きに少しヨーロッパの都市に通じるものを感じたので、そんな雰囲気を感じられるような写真を撮ってみた。
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散歩をする初老のご夫婦の姿も絵になる場所だ。
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最後に地図を。この一帯は住宅街なので、散策の際にはご配慮をお願いいたします。
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ご注意 : 2010年7月1日以降、記事の下欄に株式会社エキサイトによる広告が表示される場合があります


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by photomoments | 2010-10-30 11:08 | 建物・街・風景 | Comments(22)
2010年 06月 23日
瀬戸内逍遥-3 亀老山展望台
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絶好のビュースポット、亀老山展望台だったが、あいにくの重い曇り空…


しまなみ海道の最も四国寄りにある来島海峡大橋を一望できるスポットとして有名な亀老山(きろうざん)展望台。
この展望台の存在は、現在では著名な建築家となった隈研吾が設計したことで早くから知っていたのだが、今回の帰省で初めて訪れてみた。
来島海峡を挟んだ大島にある亀老山の山頂部に、展望台としての姿が遠望できないように山中に埋め込んで作られたこの展望台。
次の日に島巡りをして今治に渡ったときに船上から亀老山を見たのだが、肉眼ではそこに展望台があることを認識できなかった。
優れた景色を「見る場」であるはずの展望台が、その存在意義とは逆に「見られる」存在となってしまい、景観を損ないがちだ とする隈研吾の着眼点は、亀老山展望台で巧みに具現化されたと思う。
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だが、隈研吾も予想しなかったと思われる現象がそこにはあった。
展望台の手摺の横桟に無数に取り付けられた南京錠。恋人や夫婦が南京錠にその思いをマジックペンで書き、ワイヤー製の横桟に取り付けられている。
風に吹かれ、人の手で動かされた南京錠の相互の距離感・バランス感が絶妙で、カメラを向けてしまった。
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by photomoments | 2010-06-23 22:19 | 建物・街・風景 | Comments(8)
2010年 06月 20日
瀬戸内逍遥-2 しまなみ海道 多々羅大橋
6月に入り梅雨となったこともあって、まったく野球関連の撮影に行けない日々が続いています。カメラを持って外出することすらありません…。
というわけで、5月末に故郷の広島に帰省した際に撮影した写真を何回かに分けてアップしたいと思います。
※「瀬戸内逍遥」と銘打った記事は半年ほど前に鞆の浦について掲載して以来となります。


私の故郷は瀬戸田町という瀬戸内海の島だ(現在は合併により尾道市となっている)。西瀬戸自動車道(しまなみ海道)によって本州から四国まで道伝いにつながった島だ。
広島県尾道市と愛媛県今治市の間に10本の橋を架けたしまなみ海道は、1999年の来島海峡大橋と広島・愛媛県境に架かる多々羅大橋、そして新尾道大橋の開通によって架橋工事を完了した。
私はその頃には既に就職で東京に住んでいたが、年に2回ほど帰省するたびに、自分の故郷に架かる多々羅大橋を見に行っていたたように思うし、それは今でも変わらない。
多々羅大橋は全長1,480m、中央支間長(主塔と主塔の間の長さ)890mという当時世界最長の斜張橋。
斜張橋と言えば横浜ベイブリッジが有名だと思うが、多々羅大橋は主塔から展開する計168本のケーブルの広がりと、高さ226mに達する主塔の形状の流麗な美しさが特徴で、個人的には世界で最も美しい橋のひとつに挙げてよいとも思っている。
この多々羅大橋は、1973年の当初計画では吊り橋で計画されていた。
当時購入した土木技術誌「土木施工」(1999年4月号)によると、斜張橋は吊り橋に比べて高度な構造解析が求められるため、当時の技術水準では吊り橋とするのが妥当な計画だったが、吊り橋のメインケーブルを固定するアンカレイジの設置によって瀬戸田町側の生口島(いくちじま)に巨大な切土法面が生じることなどが課題だったらしい。
その後、オイルショックによる本四架橋の着工が延期された。
そして土木構造技術の進化で、斜張橋でもこの規模の橋梁建設が可能になったことで斜張橋案が採用された。


今回の帰省では自分の故郷の島だけでなく、普段あまり行くことのなかった島にも足を延ばすつもりで、カメラと数本のレンズ、そして初めて三脚も持参して帰省した。
カメラはプロユースのEOS-1D MarkIIIではなく、小型軽量な入門機 EOS Kiss X3をチョイスした。
その狙いは、荷物の軽量化ももちろんだが、1,500万画素のX3を使い、ライブビューで厳密なピント合わせをして精緻な写真を撮りたかったことと、1D MarkIIIではEF17-40mmを使って広角端約22mm相当が限界なのに対して、APS-Cサイズのセンサーを搭載したX3なら、EF-S10-22mmを使えば約16mmからの広角撮影が可能になることにあった。

今回は初めて夕刻の多々羅大橋を撮ってみた。
対岸の愛媛県側 大三島からは橋の全景が撮りやすいのだが、広島県側では島の山稜に遮られるために撮影ポイントが限られる。
以前からよく撮影していたポイントに向かい、ちょうど干潮時だったこともあって、堤防の足元の石積みされたところに降りて三脚を使って撮影した。
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残念ながら、狙っていた夕焼けの広がり具合はもうひとつ…。それでも「瀬戸の夕凪」で海面は穏やかな表情を見せてくれた。
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懲りもせず、翌日午前には日中の多々羅大橋を同じポイントから再度撮影。
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多々羅大橋を渡って対岸の大三島にある大山祇神社に参拝した帰りにも撮影した。やはりこちらからのほうが撮影可能なエリアが広いことを実感。
橋の後ろに見える島が瀬戸田町の生口島。226mの主塔は島の最高峰、標高472mの観音山の半分近くにもなる。
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しまなみ海道は他の本四架橋2ルートと異なり、地域の生活道路としての性格も色濃く持っている。
だから尾道から今治まで、徒歩でも自転車でもずっと通行することができる。
(最近は徒歩で橋を渡る人や、自転車でツーリングする人も多く見かけるようになった)
大三島から橋を渡って帰ってきて、パーキングエリアに車を停めて、多々羅大橋の歩行者・自転車・原付の料金所まで歩いてみた。
自動車道路の下をくぐると、真っ暗な暗渠のその先に瀬戸内海が見える。
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パーキングエリアから1km近く歩いて料金所に到着。間近で目にした斜張橋のケーブルは思っていたよりもずっと細いものだった。
「土木施工」によれば、このケーブルは直径7mmの鋼線を最大379本まとめてできていて、表面をポリエチレン被覆したもの。直径は約170mm。
表面被覆の模様は、レインバイブレーションという現象への対策として施された とのことだ。
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by photomoments | 2010-06-20 22:06 | 建物・街・風景 | Comments(12)
2010年 06月 13日
大坂城
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大坂城南西側の大手前芝生広場から、南外濠に面して折り重なる石垣の形状を狙い、モノクロームで表現した


私が住んでいる地域の自治会の活動として、写真講座があります。
写真・カメラマニアが集まるというよりも、上手下手は関係なく、ご近所の人たちで年に4回程度撮影に出かけ、後日写真を持ち寄って作評会を開いています。
自治会にフォトスタジオを開いている方がいて、その方の主宰の下にコアメンバー10人程度で構成されているのですが、年齢的には60歳手前から80歳くらいまでの方々の中で私だけが30代。
でも年齢とか関係なく非常に居心地よい集まりで、いつも楽しみにしています。

そんな写真講座で先月出かけたのが大坂城(大阪ではなく「大坂」としています)。
大坂城の石垣にフォーカスすることを主題とした撮影会に、EOS Kiss X3と三脚、それといくつかのレンズを携行して参加しました。
城郭といえば天守や櫓などに目がいきがちですが、石垣もまた城郭に欠かせない要素です(もちろん、土塁のみの城郭もありますが)。
大坂城は大坂夏の陣のあと、徳川幕府が豊臣期の城郭をすべて破却して埋め、その上に縄張をし直して天下普請で再建したものだけに、石垣を見ても、急速に築城技術が進化した慶長期以降の城郭であることが伺えます。
大阪に何年も住みながら大坂城を訪れるのは今回が初めて。
事前に理解している石垣の雄大さや形状の美しさだけでなく、現地に足を運んで初めて見えてくる石垣の面白さをどれだけ見つけられるか、そんな思いで臨んだ撮影でした。


大手門をくぐって場内に入り、空濠に面した石垣を見たところ。打込み接ぎで作られた石垣の隅石はかなり巨大だ。
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そのまま南外濠に面した石垣沿いに歩く。石垣の高さと美しい勾配に築城技術の高さを感じる。
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石垣の合間を縫うように伸びた樹木、ホゾを切った部分から一輪挿しのように育つ草花。時を経て自然な状態で植物と同化しているのも石垣の魅力と思えた。
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南外濠を歩くうちに見かけた石垣の下部。隅石が砕け、二つの石同士が緊張感を放ちながら静止している姿が印象深い。
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場内を巡り、天守西側のスペースで昼食。
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そのとき、天守北側の石垣の上で寝転がって休んでいる人に目がとまった。
空の青、クリスタルタワーのガラスの青とパーカーの赤色の対比を写真におさめたいと思った。
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昼食を撮っていると、人に慣れた雀や鳩がご飯を求めて近寄ってくるのには驚いた。ここに来る人たちは危害を加えないことを知っているのだろう。
Iさんがご飯を投げると、数羽の鳥が一斉に群がってくる。
中には、Iさんの指先に載せたひと粒の米を求め、一段ずつ石段を上がり、米をついばむ雀もいた。
繰り返し3回ほど撮影にトライして、ワンショットに賭けて米をくわえた瞬間を撮ることができた。
いつも野球撮影に使っているEOS-1D MarkIIIだったらもっと容易に撮れたと思うが、Kiss X3でも普段撮ったことのない鳥を撮れたのでよかった…。
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by photomoments | 2010-06-13 12:14 | 建物・街・風景 | Comments(20)
2010年 03月 17日
宇治・平等院 夕闇に染まる鳳凰
薄い曇り空に覆われた夕焼け時、平等院鳳凰堂の中堂屋根に据えられた鳳凰を撮影した。
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(EOS KISS X3 + EF70-200mm F4L IS USM + EXTENDER×1.4)

高校野球の撮影のために京都に出向くことが多い私にとって、わかさスタジアム京都の最寄り駅である阪急京都線の西京極駅と並んで利用頻度が高いのが、太陽が丘球場の最寄り駅となる宇治駅だ。
高校野球を観戦するようになるまでは、宇治といえば平等院というイメージだったものの、ここ数年は宇治に年間何度も足を運んでも、平等院に立ち寄ることはなかった。
しかし、(野球ではない)とある写真の撮影依頼を受けたこともあり、先日、宇治駅からバスに揺られて宇治田原町まで行き、その後で平等院を訪れた。

昨秋薬師寺を撮影したように、夕焼けをバックに鳳凰堂全体を撮りたいと思ったのだが、あいにくの薄曇り。
土門拳が撮影したような、中堂屋根の鳳凰にクローズアップした写真を撮ることに集中した。
そのうちに、曇越しの夕焼けの具合が次第によくなってきて、しかもきれいな夕焼けの時よりもずっと妖しげな様相で撮影することができた。
ちなみに撮影はライブビュー撮影で、背面液晶を見ながらマニュアルでピント合わせを行い、露出の具合も液晶画面で確認しながら、ややアンダーになるように設定した。

この写真は平等院の敷地外、宇治川のほとりから撮影したものだが、この写真を撮る前、拝観時間内には同様の写真を意図して平等院の敷地内で撮影した。
鳳凰の背後に太陽が位置する絶好の撮影条件だったのだが、鳳凰の上に1羽のカラスが止まって動かない。
そのうち飛び去るだろうと思ったのに、10分以上経っても動かない…。
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(EOS KISS X3 + EF70-200mm F4L IS USM)

鳳凰よりも自分の方が偉いと主張しているようなカラスの姿に、それはそれで面白い写真だと思って撮影したのだが、カラスのいない写真も撮りたい私とカラスとの我慢比べ(?)となり、時間切れでカラスの勝ちといったところ。
しかし、もしカラスが長時間止まっていなかったなら、最初に掲載した写真を撮影することはできなかっただろう。
その意味では、私を散々焦らしてくれたカラスに感謝すべきかもしれない。
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by photomoments | 2010-03-17 07:13 | 建物・街・風景 | Comments(5)
2010年 02月 20日
ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)  設計:フランク・ロイド・ライト
先日、EOS Kiss X3の撮影フィーリングの確認を兼ねて、阪急神戸線 芦屋川駅の北側に建つ旧山邑家住宅(現ヨドコウ迎賓館)を初めて訪れた。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )

芦屋から有馬に抜ける急勾配の道路の端緒、こんもりとした小高い丘に抱かれて存在する建物は、それと知らずに見ていると見過ごしそうな佇まいだ。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )


酒造家 山邑太左衛門の別邸として計画されたこの建物は、1924(大正13)年の竣工。
近代建築の三大巨匠の一人、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright ,1867-1959)が日本で手がけた作品のうち、完全な状態で現存する唯一の作品として価値が高く、重要文化財に指定されている。
日本におけるライト作品で最も有名なのは(旧)帝国ホテルだが、これは正面玄関部のみ博物館明治村に移築保存されているため、往時の姿を留めるこの建物はやはり貴重だ。

しかし、実はライトの作品を実見するのは今回が初めて。
三大巨匠のル・コルビュジェ(Le Coubusier ,1887-1965)の作品はパリで、ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe ,1886-1969)の作品はベルリンで、それぞれ目にする機会があったが、日本で実作を残したライトを見ていないのには、有機的建築(Organic Architecture)と称されるライトの意匠に対する私のアレルギーが影響しているのだと思う。
鉄骨とガラスで構成されたミースの建物や、白い壁面が美しいコルビュジェの建物と比較して、クドいデザイン、情念的なおどろおどろしいライトのデザインは少々苦手だった。


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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )

大谷石(おおやいし)を削って作られた幾何学的紋様が特徴的。こうしたデザインに苦手意識を感じていたのだが、実見するとさほど抵抗は感じなかった。

上の写真は建物のアプローチ部から2階の応接室を写したもので、応接室の下は車寄せとなっている。

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( Eos Kiss X3 + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM )


車寄せの一部は芦屋の海側を見晴らすベランダがある。

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( Eos Kiss X3 + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM )


ただ、残念ながら建物内の撮影は不可。
フォトブログとしてはなんとも消化不良なので、館内の売店で購入した書籍を紹介する という名目で、表紙に掲載された内部空間(2階の応接間)を…。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )


写真なしで説明するのは難しいが、ライトの建物をこれまでなんとなく避けていたというのに、建物内部を体感して、その素晴らしさにかなりの衝撃を受けた。
最近見た建物のなかでは最も強いインパクトがあった。

現代の一般的な建築設計では、居室の天井高さは(たとえば2,400mmなどと)おおむね一律に定めていくし、床のレベル差についても、「バリアフリー」などの社会的要請から、住宅内の床レベルを2~3mm程度までに抑えることが求められるため、フラット設計を旨とした段差のない計画が一般的だ。
しかしこの建物の内部空間は、部屋ごと・用途ごとに多種の天井高さを使い分け、床レベルも数段分の段差を各所で設定していて、空間の動的な展開を体感できる。
天井高さについては、応接室のような「ハレの場」は別として、全般に低く設定されている。
たとえば応接室の直上部、3階の和室前室(家族室)などは天井に手が届くくらいの低さだが、メリハリの効いた空間操作が非常に心地よく、天井が低いことにより、かえって空間の豊穣さを認識させてくれる。

こうした床・天井の操作による空間効果・印象は、ライトとほぼ同時代に生まれ、ウィーンを中心に活動した建築家 アドルフ・ロース(Adolf Loos ,1870-1933)の空間構成に近いものと思えた。
特に、上述の和室前室(家族室)のしつらえは、ロースの住宅作品で頻出する婦人室(Zimmer der Dame)と呼ばれる小空間を強く想起させるものだ。
アドルフ・ロースは近代建築の嚆矢とも目される建築家であり、大学院で私が研究対象とした建築家でもあるのだが、第一次世界大戦前後の時代に、かたやアメリカ、かたやウィーンという隔たりのある建築家同士が強く影響し合ったとも思いづらい。
空間構成の前提となる建築計画自体は、ライトの計画は平面的に伸びやかな広がりを持ち、そのうえでの空間操作であるのに対して、ロースの計画は、全体形を広げていくのではなく、限られたボリュームの建物内を三次元的にどのように細分化していくか(ラウムプラン(Raumplan)と称されるロースの設計概念)を考え、空間の有効利用としての操作を行う というアプローチの相違があると思われる。
しかし各部屋単位で考えると、部屋ごとに適切に定められた天井高さが生み出す心地よさと空間の動的な展開は、両者の類似性を私に強く感じさせるものだった。


なお、今回撮影に使用したKiss X3の印象は、心配していたオートフォーカスの精度についても上々で、静物撮影には十分使えると思えた。
ただ、ボディがあまりにも軽くて、ストラップで肩にかけて歩いていてずり落ちないか不安に思えたり、グリップの大きさが1Dよりも随分小さいため、グリップを持って歩いていてもグリップ感に欠ける気がした。
ここまではある程度想定できたことだったが、サイズが小さいため、グリップに手をかけた際にレンズマウント部に近い部分に爪の先がしばしば当たり、ボディに白く引っかいた跡が残ってしまうのは予想外だった。
発色傾向については、ピクチャースタイルの設定やこの日が曇天だったことを勘案しても、1D3よりもアッサリしている印象で、この点には物足りなさを感じる。
黒つぶれを補正するオートライティングオプティマイザ機能(私の持つカメラでは初の機能)をONにして撮影したが、今回の撮影条件ではOFFにしたほうがよかった。
(RAWで撮影していたので、現像時にこの機能をOFFにしたショットが多かった)
RAW撮影なら後から対処できるが、Jpeg撮影のときには、オートライティングオプティマイザはONにしたままにせず、適宜使い分けたほうがよさそうだ。

Kiss X3にも少しずつ慣れていきたいと思う。
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by photomoments | 2010-02-20 21:00 | 建物・街・風景 | Comments(2)
2010年 01月 08日
綿業会館(後編)
綿業会館の特筆すべき点は、食堂や談話室、複数ある会議室が全く異なる様式で作られている点だ。
資料によると、異なる様式としたのは、この建物を訪れる来賓や倶楽部の会員に好みのスタイルの部屋を選んでもらえるように という
建築家 渡辺節の設計思想を反映したもののようだ。
戦前には、満州事変の調査で派遣されたリットン調査団の一行が訪れたり、終戦後には進駐軍に接収されたりした綿業会館。
海外からの賓客や軍人たちの目にはどう映ったのだろうか?

まずは1階にある会員食堂。
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ホールを上がった3階にある談話室。写真左手の壁面に貼られたタイルは、京都で焼いたタイルだとのこと。
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同じく3階にある、「鏡の間」と呼ばれる会議室。
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この会議室の手前には貴賓室(特別室)がある。
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昭和9年に首相に就任する岡田啓介や、戦後首相に就任する芦田均・鳩山一郎のほか、緒方竹虎や石井光次郎、林譲治といった大物政治家の名前も見える。
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1階ホールに面したエレベーター扉の凝った意匠にも注目してしまう。
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建物内部を巡る過程で、陰影に富んだ通路の表情を撮りたいと思った。
薄暗い廊下に灯る壁付の照明に情緒を感じたからだ。
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綿業会館の館内見学ツアーは集団で各部屋を回るので、普通に回ったのでは他の見学者が写真に写りこんでしまう。
だから私は最後尾で見学し、各室から人がいなくなったら撮影を行った。
なので構図を考える時間もほとんどないし、当然ながら三脚も使えないので手持ちでの撮影。
ISO感度を上げてもレンズの開放F値が3.5なのでシャッター速度もあまり稼げない など、撮影には厳しい条件だった。

最後に、綿業会館で撮影した写真のなかで最もお気に入りの1枚。
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豪華な意匠を施した部屋はもちろんよかったのだが、ホールに面した通路に強い魅力を感じてしまった。

(写真は EOS 30D + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM)
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by photomoments | 2010-01-08 01:01 | 建物・街・風景 | Comments(8)