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タグ:近代・現代建築 ( 15 ) タグの人気記事

2011年 01月 01日
明けましておめでとうございます
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( Eos Kiss X3 + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM )


昨年同様、今年も年賀状素材をほぼそのままアップしました。
今回の素材は、昨秋京都市内に竣工したビルの壁面に取り付けられたオブジェを写したものです。
幾何学的要素で構成された金属製のオブジェが斜め上方から射す光に照らされる姿に注連縄のような趣を感じました。

昨年12月は時間の確保が難しかったこともあり、ブログ記事の更新をほとんど行えませんでしたので、これが久々の更新になります。
省みると、昨年はかなり頻繁に高校野球に足を運びました。
今年は昨年のように足しげく高校野球を見るのは難しいかもしれませんが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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by photomoments | 2011-01-01 00:01 | コラム・随筆 | Comments(24)
2010年 06月 23日
瀬戸内逍遥-3 亀老山展望台
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絶好のビュースポット、亀老山展望台だったが、あいにくの重い曇り空…


しまなみ海道の最も四国寄りにある来島海峡大橋を一望できるスポットとして有名な亀老山(きろうざん)展望台。
この展望台の存在は、現在では著名な建築家となった隈研吾が設計したことで早くから知っていたのだが、今回の帰省で初めて訪れてみた。
来島海峡を挟んだ大島にある亀老山の山頂部に、展望台としての姿が遠望できないように山中に埋め込んで作られたこの展望台。
次の日に島巡りをして今治に渡ったときに船上から亀老山を見たのだが、肉眼ではそこに展望台があることを認識できなかった。
優れた景色を「見る場」であるはずの展望台が、その存在意義とは逆に「見られる」存在となってしまい、景観を損ないがちだ とする隈研吾の着眼点は、亀老山展望台で巧みに具現化されたと思う。
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だが、隈研吾も予想しなかったと思われる現象がそこにはあった。
展望台の手摺の横桟に無数に取り付けられた南京錠。恋人や夫婦が南京錠にその思いをマジックペンで書き、ワイヤー製の横桟に取り付けられている。
風に吹かれ、人の手で動かされた南京錠の相互の距離感・バランス感が絶妙で、カメラを向けてしまった。
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by photomoments | 2010-06-23 22:19 | 建物・街・風景 | Comments(8)
2010年 02月 20日
ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)  設計:フランク・ロイド・ライト
先日、EOS Kiss X3の撮影フィーリングの確認を兼ねて、阪急神戸線 芦屋川駅の北側に建つ旧山邑家住宅(現ヨドコウ迎賓館)を初めて訪れた。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )

芦屋から有馬に抜ける急勾配の道路の端緒、こんもりとした小高い丘に抱かれて存在する建物は、それと知らずに見ていると見過ごしそうな佇まいだ。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )


酒造家 山邑太左衛門の別邸として計画されたこの建物は、1924(大正13)年の竣工。
近代建築の三大巨匠の一人、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright ,1867-1959)が日本で手がけた作品のうち、完全な状態で現存する唯一の作品として価値が高く、重要文化財に指定されている。
日本におけるライト作品で最も有名なのは(旧)帝国ホテルだが、これは正面玄関部のみ博物館明治村に移築保存されているため、往時の姿を留めるこの建物はやはり貴重だ。

しかし、実はライトの作品を実見するのは今回が初めて。
三大巨匠のル・コルビュジェ(Le Coubusier ,1887-1965)の作品はパリで、ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe ,1886-1969)の作品はベルリンで、それぞれ目にする機会があったが、日本で実作を残したライトを見ていないのには、有機的建築(Organic Architecture)と称されるライトの意匠に対する私のアレルギーが影響しているのだと思う。
鉄骨とガラスで構成されたミースの建物や、白い壁面が美しいコルビュジェの建物と比較して、クドいデザイン、情念的なおどろおどろしいライトのデザインは少々苦手だった。


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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )

大谷石(おおやいし)を削って作られた幾何学的紋様が特徴的。こうしたデザインに苦手意識を感じていたのだが、実見するとさほど抵抗は感じなかった。

上の写真は建物のアプローチ部から2階の応接室を写したもので、応接室の下は車寄せとなっている。

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( Eos Kiss X3 + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM )


車寄せの一部は芦屋の海側を見晴らすベランダがある。

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( Eos Kiss X3 + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM )


ただ、残念ながら建物内の撮影は不可。
フォトブログとしてはなんとも消化不良なので、館内の売店で購入した書籍を紹介する という名目で、表紙に掲載された内部空間(2階の応接間)を…。

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( Eos Kiss X3 + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )


写真なしで説明するのは難しいが、ライトの建物をこれまでなんとなく避けていたというのに、建物内部を体感して、その素晴らしさにかなりの衝撃を受けた。
最近見た建物のなかでは最も強いインパクトがあった。

現代の一般的な建築設計では、居室の天井高さは(たとえば2,400mmなどと)おおむね一律に定めていくし、床のレベル差についても、「バリアフリー」などの社会的要請から、住宅内の床レベルを2~3mm程度までに抑えることが求められるため、フラット設計を旨とした段差のない計画が一般的だ。
しかしこの建物の内部空間は、部屋ごと・用途ごとに多種の天井高さを使い分け、床レベルも数段分の段差を各所で設定していて、空間の動的な展開を体感できる。
天井高さについては、応接室のような「ハレの場」は別として、全般に低く設定されている。
たとえば応接室の直上部、3階の和室前室(家族室)などは天井に手が届くくらいの低さだが、メリハリの効いた空間操作が非常に心地よく、天井が低いことにより、かえって空間の豊穣さを認識させてくれる。

こうした床・天井の操作による空間効果・印象は、ライトとほぼ同時代に生まれ、ウィーンを中心に活動した建築家 アドルフ・ロース(Adolf Loos ,1870-1933)の空間構成に近いものと思えた。
特に、上述の和室前室(家族室)のしつらえは、ロースの住宅作品で頻出する婦人室(Zimmer der Dame)と呼ばれる小空間を強く想起させるものだ。
アドルフ・ロースは近代建築の嚆矢とも目される建築家であり、大学院で私が研究対象とした建築家でもあるのだが、第一次世界大戦前後の時代に、かたやアメリカ、かたやウィーンという隔たりのある建築家同士が強く影響し合ったとも思いづらい。
空間構成の前提となる建築計画自体は、ライトの計画は平面的に伸びやかな広がりを持ち、そのうえでの空間操作であるのに対して、ロースの計画は、全体形を広げていくのではなく、限られたボリュームの建物内を三次元的にどのように細分化していくか(ラウムプラン(Raumplan)と称されるロースの設計概念)を考え、空間の有効利用としての操作を行う というアプローチの相違があると思われる。
しかし各部屋単位で考えると、部屋ごとに適切に定められた天井高さが生み出す心地よさと空間の動的な展開は、両者の類似性を私に強く感じさせるものだった。


なお、今回撮影に使用したKiss X3の印象は、心配していたオートフォーカスの精度についても上々で、静物撮影には十分使えると思えた。
ただ、ボディがあまりにも軽くて、ストラップで肩にかけて歩いていてずり落ちないか不安に思えたり、グリップの大きさが1Dよりも随分小さいため、グリップを持って歩いていてもグリップ感に欠ける気がした。
ここまではある程度想定できたことだったが、サイズが小さいため、グリップに手をかけた際にレンズマウント部に近い部分に爪の先がしばしば当たり、ボディに白く引っかいた跡が残ってしまうのは予想外だった。
発色傾向については、ピクチャースタイルの設定やこの日が曇天だったことを勘案しても、1D3よりもアッサリしている印象で、この点には物足りなさを感じる。
黒つぶれを補正するオートライティングオプティマイザ機能(私の持つカメラでは初の機能)をONにして撮影したが、今回の撮影条件ではOFFにしたほうがよかった。
(RAWで撮影していたので、現像時にこの機能をOFFにしたショットが多かった)
RAW撮影なら後から対処できるが、Jpeg撮影のときには、オートライティングオプティマイザはONにしたままにせず、適宜使い分けたほうがよさそうだ。

Kiss X3にも少しずつ慣れていきたいと思う。
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by photomoments | 2010-02-20 21:00 | 建物・街・風景 | Comments(2)
2010年 01月 27日
北御堂相愛コンサート
大阪・御堂筋にある北御堂で、毎月1回のペースで無料のランチタイムコンサートが行われています。
(主催:本願寺津村別院、共催:相愛大学)

以前からコンサートが開催されていることは知っていたのに、つい最近まで一度も足を運んだことがありませんでした。
先月初めて訪れてみたところ、北御堂の本堂内で行われるコンサートの荘厳な雰囲気に圧倒され、魅了されました。
まちづくりの活動等で日頃からお世話になっている相愛学園さんにコンサートの撮影ができるようにお願いし、今回撮影させていただきました。
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(EOS-1D MarkIII + EF70-200mm F4L IS USM)


大きな寺院内でクラシックコンサート という組合せは不思議な気もしますが、コンクリート造の建物ということもあり、かなりの残響も得られて予想以上に好適です。
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(EOS-1D MarkIII + EF17-40mm F4L USM)


vol.92となる今回のコンサートは、相愛高校・相愛大学を卒業された西川千紘さん(ヴァイオリン)・西川彩乃さん(チェロ)のデュオコンサート。
曲目は、 四弦誓願、 ベートーヴェン/3つのデュエット 作品37 第1楽章、 ヘンデル(ハルヴォルセン編曲)/パッサカリア でした。

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(EOS-1D MarkIII + EF70-200mm F4L IS USM)


本堂内は、演奏会の撮影を行うには光量が乏しく(見た目の印象以上に光が少なかった…)、ISO感度を1,600~2,000まで上げて撮影。
それでもシャッター速度は満足に稼げず、開放絞りがF4のレンズでは1/80秒程度。
低光量下ではオートフォーカスの合焦精度も低下するので、シャッター速度の問題もあり、モニターで等倍表示するとピントが甘くなるのは致し方ないところだろうか。
どうにも合焦精度が気になったため、1枚目に掲載した写真は、ライブビュー撮影で背面モニターを見ながらマニュアルでピントを合わせ、手持ちで撮影したものだが、
今回のような条件ではこの方法が案外有効だった。
聴衆の妨げにならないようにシャッターもサイレントモードとし、撮影のタイミングも曲のなかでなるべく目立たないような頃合いを見計らってシャッターボタンを押した。


最後に、リハーサル時の様子から。
入念に進められる真剣なリハーサルの中で時折見せるリラックスした表情が大変に印象的でした。
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 (EOS-1D MarkIII + EF50mm F1.4 USM)


この北御堂相愛コンサートはランチタイムコンサートなので、12:25~12:45の20分間という演奏会です。
お近くにお勤めの方なら、1時間の休憩時間であっても十分鑑賞可能だと思いますので、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

次回開催日は、2月25日(木)です。
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by photomoments | 2010-01-27 20:19 | コンサート | Comments(8)
2010年 01月 08日
綿業会館(後編)
綿業会館の特筆すべき点は、食堂や談話室、複数ある会議室が全く異なる様式で作られている点だ。
資料によると、異なる様式としたのは、この建物を訪れる来賓や倶楽部の会員に好みのスタイルの部屋を選んでもらえるように という
建築家 渡辺節の設計思想を反映したもののようだ。
戦前には、満州事変の調査で派遣されたリットン調査団の一行が訪れたり、終戦後には進駐軍に接収されたりした綿業会館。
海外からの賓客や軍人たちの目にはどう映ったのだろうか?

まずは1階にある会員食堂。
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ホールを上がった3階にある談話室。写真左手の壁面に貼られたタイルは、京都で焼いたタイルだとのこと。
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同じく3階にある、「鏡の間」と呼ばれる会議室。
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この会議室の手前には貴賓室(特別室)がある。
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昭和9年に首相に就任する岡田啓介や、戦後首相に就任する芦田均・鳩山一郎のほか、緒方竹虎や石井光次郎、林譲治といった大物政治家の名前も見える。
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1階ホールに面したエレベーター扉の凝った意匠にも注目してしまう。
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建物内部を巡る過程で、陰影に富んだ通路の表情を撮りたいと思った。
薄暗い廊下に灯る壁付の照明に情緒を感じたからだ。
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綿業会館の館内見学ツアーは集団で各部屋を回るので、普通に回ったのでは他の見学者が写真に写りこんでしまう。
だから私は最後尾で見学し、各室から人がいなくなったら撮影を行った。
なので構図を考える時間もほとんどないし、当然ながら三脚も使えないので手持ちでの撮影。
ISO感度を上げてもレンズの開放F値が3.5なのでシャッター速度もあまり稼げない など、撮影には厳しい条件だった。

最後に、綿業会館で撮影した写真のなかで最もお気に入りの1枚。
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豪華な意匠を施した部屋はもちろんよかったのだが、ホールに面した通路に強い魅力を感じてしまった。

(写真は EOS 30D + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM)
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by photomoments | 2010-01-08 01:01 | 建物・街・風景 | Comments(8)
2010年 01月 06日
綿業会館(前編)
今回は、今年最初の記事で掲載した「綿業会館」についてアップします。
昨年10月に建物見学会に参加した際に撮影した写真です。いきなり前回記事と同じ写真で恐縮ですが…。

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綿業会館は、昭和初期に設立された日本綿業倶楽部が建設した建物で、昭和6年の竣工。
東洋紡績の専務だった岡常夫氏が当時の金額で100万円を寄付し、業界からの50万円の寄付と合わせて150万円の予算で建設した とのこと。
150万円といっても貨幣価値がピンとこないが、(よく聞く喩えで)同時期に建設された大阪城の復興天守閣がおよそ50万円と言われていることから、
この建物が大阪城天守閣の3倍にもなる破格の工事費で建設されたことになる。
また、当時日本の主要産業であった繊維・紡績業が、これほどの建物を作る力を有していたこともわかる。

設計は渡辺節。渡辺は以前掲載したダイビルの設計も手がけている。

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地上7階建の外観は、基壇部と中層部、頂部の三層構成。華美に走りすぎず、といって単調でもないところが秀逸だ。
中層部・頂部の外壁タイルは、スクラッチ面状のタイルを縦横に貼り分けることで、表情豊かな外観を生み出していると思う。
窓廻りの意匠も階ごとにアレンジが施されていて、単調にならないように配慮されている。
私は朝の通勤時に綿業会館の前をよく歩くが、季節・時間によっては朝の太陽光が斜めから射して、タイルの陰影が強調されて非常に美しい。
この写真で見えるタイルの色が一部くすんでいるのは、空襲による影響のようだ。
辺りが焼け野原になったなかでも綿業会館にはほとんど被害がなく、現在に至っている。

ちなみに、南側は備後町通、西側は三休橋筋というあまり大きくない通りに面している綿業会館なので、引きが取れなくて建物外観を撮影するのは難儀する。
(この時は外観をきちんと撮影していなかったので(ハナから撮影することを忘れていて…)、上に掲載した外観の写真は2年ほど前に撮影したものです)

1枚目の写真は正面玄関側から写したもので、この正面玄関を入ると、下の写真の通り、シャンデリアが吊るされた格天井の風除室がある。
会員制クラブハウスとしての建物の格式を雄弁に主張していると思う。
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風除室を抜けると吹抜けのホールに行き着く。迫力ある中央の像は、100万円を寄付した岡常夫氏の像。
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ホールに面する階段は中央に踊り場があり、空間形成にも大きく寄与する印象的な階段。
階段の上り口は上部にアーチが架かっていて、アーチをくぐって階段を上る際に、視界が開ける「抜け感」のようなものを感じる。
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階段を上がりホールを見ると、中央のシャンデリアが際立って見える。
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壁と壁の間からシャンデリアの姿をとらえてみた。
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(写真は EOS 30D + EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM, 2枚目のみEOS 30D + EF-S17-55mm F2.8 IS USM )

(後半へ続きます)
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by photomoments | 2010-01-06 21:28 | 建物・街・風景 | Comments(2)
2010年 01月 01日
あけましておめでとうございます
新年明けましておめでとうございます!

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年賀状の題材をそのままアップしてみました。
大阪市内に建つ綿業会館を正面から撮影した写真です。
昭和6年に完成した綿業会館は、戦争中の空襲にも耐え、現在に至ります。
日本近代建築の傑作としてその価値が認められ、昭和期の建物として重要文化財に指定された数少ない建物のひとつです。

今年も高校野球の記事を中心に、建物などの記事も交えながらのブログになると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
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by photomoments | 2010-01-01 20:00 | コラム・随筆 | Comments(16)
2009年 12月 19日
賓日館(三重県伊勢市二見町)
今回の三重旅行で私がどうしても見たかった建物が、今回掲載する賓日館(ひんじつかん)だ。
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賓日館は、二見浦の旅館街に建つ建物のなかでも最も由緒があり、最も見どころのある建物と言っていいだろう。
明治19年12月、明治天皇の嫡母、英照皇太后の宿泊に供するために建設を開始し、明治20年2月に完成。
以降も、明治24年には当時皇太子だった大正天皇が避暑・療養のために3週間にわたり滞在するなど、
伊勢神宮を参拝したり、海水浴に訪れた皇族をはじめとする貴賓客を宿泊・歓待する建物として使用されてきた。
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建設したのは、伊勢神宮の崇敬団体として明治時代にさまざまな活動を行ってきた財団法人神苑会(しんえんかい)。
神苑会は伊勢神宮周辺の民有地の買収を行って神宮の美観を確保する活動を行ったほか、前回掲載した神宮徴古館の建設も行っている。
太田小三郎ら伊勢の有志で設立を図り、三重県令(県知事)石井邦献もこの趣旨に賛同して結成された神苑会は、会の総裁に有栖川宮熾仁親王を推戴するなど、明治時代に本格的な活動を展開した。
(有栖川宮熾仁親王は明治天皇の信任が厚かった皇族であり、幕末期には14代将軍家茂に降嫁した和宮内親王が当初婚約したお相手としても知られる)

賓日館の運営は隣接する旅館(二見館)に委託されてきたが、神苑会の解散によって建物が二見館に払い下げられた。
二見館は賓日館を二見館別館としてほどなく1度目の増改築を行い、昭和初期には2度目の増改築を行って現在の形となり、長く使われてきた。

今回どうしても見たかった理由は、15年ほど前、大学で日本建築史の研究室に在籍した私が神苑会や賓日館を調査対象としたからなのだが、
今回の三重旅行で事前に調べていると、二見館は10年前に休業し、賓日館は二見町(現在は伊勢市)に寄贈されていたことを初めて知った。
県指定有形文化財に指定された賓日館が現在は一般公開されているとのことなので、それなら見ておきたいと思い立った次第。


二見浦に通じる前面道路から敷地内に入ったところ。
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唐破風屋根の玄関などに格式を感じさせるが、よくみると屋根には一部ビニールシートが被せられている。
今年秋の台風18号によって屋根を破損してしまったらしい。

建物内部も見どころが多い。まずは畳120帖分の広さを誇る大広間。
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折上格天井形式、二見町出身の日本画家中村左洲が松を描いた舞台など、純日本的な大空間にゴージャスなシャンデリアが吊るされている。
和の空間に洋の要素。本来ミスマッチなはずなのに、私にはまずまず調和しているように思える。


賓日館に賓客が訪れたときに供された御殿の間。昭和59年には礼宮文仁親王殿下(現秋篠宮殿下)も宿泊されている。
二重格天井形式として、大広間の格天井よりもさらに高い格式を表現している。
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広縁からは松並木越しに二見浦を眺めることができる。
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賓日館の客室はさまざまな意匠が凝らされていて、同じ仕様の客室は多くないが、
御殿の間の直下にある客室は質実とした作りで、眼前に庭園を眺められることと相まって非常にいい感じ。
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120帖敷の大広間の真下には、中廊下を挟んで6つの客室が配されている。
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南向きの客室には庭園を眺められる広縁が続いている。
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今回訪れてみて、学生時代に訪れた時の懐かしい思いとともに、旅館経営の大変さにも思いを馳せてしまった。
それでも由緒ある建物が破却されることなく存続していることにほっとした(運営管理を委託されているNPOの皆さま、ありがとうございます)。
残念なのは、この賓日館を素通りして夫婦岩に向かう人が多いこと。日曜の午後に1時間半ほど滞在して、私以外の訪問客は1組だけ…。
見どころの多いこの建物に、もっと多くの人が訪れるようになってほしいと思う。

今回私は三脚を持たずに訪れたため、明るくない室内撮影には難儀したので、必ず三脚を持って再訪し、時間をかけて建物を堪能したいと思った。
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(写真は EOS-1D MarkIII + EF17-40mm F4L USM、EF50mm F1.4 USM、 EF70-200mm F4L IS USM)
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by photomoments | 2009-12-19 12:10 | 建物・街・風景 | Comments(8)
2009年 12月 16日
伊勢・二見浦
会社の旅行の記事の続きです。

この旅行は近鉄の「ご朱印巡りきっぷ」を使って三重を訪れたこともあり、翌日はまず伊勢神宮(内宮)を参拝した。
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五十鈴川に架かる宇治橋は11月3日に架け替えが終わったばかりで、真新しい木の質感が非常に美しい。
欄干の手触りもきわめて滑らかで、丁寧な仕事ぶりを感じることができた。
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内宮参拝後に立ち寄ったおかげ横丁では、屋根上のしゃちほこにふと目が留まった。(これはやっぱり伊勢海老でしょうか??)
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おかげ横丁を散策した後、どうしても見ておきたい所があった私は一人で行動することに。
まずは倉田山公園にある神宮徴古館を訪れた。
神宮の式年遷宮に伴い撤下された神宝等の美術工芸品を見ることができる神宮徴古館は明治42年に建設され、今年が開館100周年。
当時を代表する建築家の一人で、赤坂離宮などの宮廷建築の第一人者でもある片山東熊(かたやまとうくま)が設計した。
中央部の屋根形状は建設当時とは異なっているようだ(建設当時の形状のほうが意匠的には明らかに優れている)。
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ちなみに、12月上旬でも倉田山公園の紅葉はきれいな状態を保っていた。
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この後は二見浦に足をのばした。とにかく風が強く、寒さに震えながら夫婦岩を撮影した。
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JR二見浦駅から海に向かってしばらく歩くと、海岸沿いに夫婦岩まで続く旅館街がある。立派な構えの日本旅館も多い。
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二見浦の旅館街も空き地が目立ち、十余年前に訪れた時以上にさびれた感じが漂っていて寂しい限り…。
日本最初の海水浴場のひとつに数えられ、名勝とともに繁栄した二見浦も時代の流れには逆らえないのだろうか。
(ただ、そんな厳しい情勢下でも営業を続ける旅館もまだまだ多いし、なかにはリニューアルして頑張っている旅館もあります)
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このように、神宮徴古館や二見浦を見た単独行。
しかし最も訪れたかったのは、二見浦の旅館街にある一軒の建物なのだが、その記事は別の機会に…。

(写真は EOS-1D MarkIII + EF17-40mm F4L USM、EF50mm F1.4 USM、 EF70-200mm F4L IS USM)
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by photomoments | 2009-12-16 20:39 | 建物・街・風景 | Comments(2)
2009年 12月 13日
海の博物館(三重県鳥羽市)
先週末、会社の旅行で三重に行きました。
ゴルフをするグループと観光をするグループに分かれて行動したのですが、基本的にゴルフをしない私は観光組です。
観光組はたまたま建築設計をするメンバーばかりになったため、鳥羽にある「海の博物館」に行くことになりました。


海の博物館は鳥羽駅からパールロードを車で20分ほど走った場所にあり、交通至便な立地とはとても言えないが、
日本建築学会賞を受賞するなど、建築の世界では著名な建物。
1992年竣工ということで、日本がバブルに沸いていた時代に土着的な趣の建物を作ったことになる。
当時は工事費単価も高かったはずだが、この博物館は非常にローコストで完成したとのこと。
設計は建築家 内藤廣。
この建物で一躍名を上げて、いまや建築の領域を超え、東京大学大学院工学系研究科の社会基盤学(以前は土木工学)教授だ。

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海の博物館は、水産業や海運業など、人と海のかかわりに関する諸資料を収集した博物館で、
展示物も海産物や漁具・民俗的資料にはじまり、漁船や潜水艇まで、本当に多岐にわたる。
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屋根材は塩害を考慮して日本瓦葺とし、外壁も木材。
現代的な素材を使わないほうが永続的な建物が実現するというのは皮肉な事実でもある。
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瓦屋根を支えるアーチ構造は集成材によって作られていて、緩やかな曲線の美しさが印象的。
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最後に見た収蔵庫は屋根架構が木造ではなくPC(プレキャストコンクリート)によるアーチ構造。
無柱の大空間の中に数十艘の漁船が所狭しと並べられて、なかなかに壮観だった。
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(写真は EOS-1D MarkIII + EF17-40mm F4L USM、EF50mm F1.4 USM、 EF70-200mm F4L IS USM)
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by photomoments | 2009-12-13 16:20 | 建物・街・風景 | Comments(4)